貴方だけの意味



「太公望殿ー。………たい……あ……」

  太公望が一人で何かしている。
  は首を傾げ近づいていく。
  別に興味はないが、食事ができたと知らせに来たのだ。

「太公望殿」
「……………」
「太公望殿ー」

  は太公望に更に近づいていく。

「あ……」

  太公望は川に糸をつるし、寝ていた。
  竿は川の流れでかすかに揺れている。
  獲物がかかった様子はない。

「太公望殿」

  は太公望の背中を叩き、おこす。
  太公望は目をあけ、を一度見た。

「風邪をひきますよ」
「……どうやら、かなりの大物だ」
「え?」
「いい獲物がかかった」

  笑い、を見上げる。
  は首を傾げた。
  竿は動いていない。

「何を………」
「私に何の用だ?」
「あ……あの……食事の用意ができました」

  太公望は腰をあげ、歩いていく。
  もそれについていく。

「……………」
「太公望殿はずっと蜀にいるのですか?」
「?」

  太公望は振り返り、を見た。
  何となく思った質問だ。意味はなかった。

「……さぁな。私にもわからぬ」
「え………」
「……だが、離れて惜しいものがある」
「?」
「離れては、手にはいりそうにない」

  太公望はまた背中を向け、歩き出した。
  彼とこんなに話したのは初めてだった。
  戦のときも接することはなかった。

  そして、長篠での戦になり、もでた。
  太公望と共に進軍することになったが。

「敵が多い」
「中々ひるまぬな。面倒だがすておけぬ」

  ひるまず向かってくる兵を切り進んでいく。
  陸遜の援軍もあり、呂布の兵を罠にかけることができた。

「陸遜殿……。お久しぶりです」
「殿……また貴方と戦えて光栄です」

  陸遜は屈託なく笑った。
  それを見ても笑う。だが。

「ふ……援軍で来たのはがいるせいか?」
「貴方は……」
「あ……た、太公望殿です。我が軍に加わって下さっているんです」
「申しおくれました。私は陸伯言です。殿とは信長殿の元で知り合いました」

  陸遜は丁寧に説明する。
  わざわざしなくても、がいえばいいことだ。だが彼の性格なのだろう。

「殿は同志だと思っています」
「ふ……そうか……」

  太公望は皮肉そうに笑うと、進みだす。

「あ……り、陸遜殿また後で」
「はい」

  は慌てて、太公望を追っていく。
  彼は客人だ。守らなければいけない。

「東の砦だ。いくぞ」
「は、はい」

  東の砦に向かった。
  そこには呂布の愛人、貂蝉がいる。

「奉先様の邪魔はさせない……!」
「殿の道を阻むものは許しません!」

  は容赦なく剣をふった。
  武器がぶつかりあう。

「はぁっ!」
「美しいものだ。天女のような舞。人界で見ることができるとは」
「た、太公望殿!そんなふざけないでください!」
「お前のことではない。あの娘だ」
「わかってます!私はそんなもの……縁がありませんから!」
「きゃぁぁ!!」

  貂蝉を吹き飛ばし、はまた剣を構える。そこに呂布が馬で駆けてきた。

「貂蝉!!」
「ほ、奉先さ、ま……」
「ひけ!貂蝉!!」
「は、はい」

  呂布は貂蝉を逃がし、その前に仁王立ちする。

「貴様、貂蝉に!」
「貴方が戦場に連れてくるからいけないんでしょう!!」
「くっ!」

  は力任せに剣をぶつけた。
  意外に強い力。
  か弱そうな体からは想像ができない。

「はっ!」
「調子にのるな!!」
「っ!」

  は攻撃を避け、呂布に向かっていく。
  彼女もひるまない。

「人界の野獣か。あの娘は何故このような男に惹かれるのか。理解できんな」

  太公望は呂布を見てそう呟く。

「貴様!俺を馬鹿にしているのか!」
「ふ……。あの娘は勿体ないと言っているのだ」
「貂蝉に手を出すものは許さんぞ!!」
「!」

  から離れ、呂布は太公望へ向かう。
  太公望は呂布と戦ったことがない。
  その強さも知らない。

「消し飛べ!小僧!」
「太公望殿!!」

  は太公望の前に出る。
  呂布の戟はの体に当たった。
  胸に横からあたり、鎧が砕ける。破片が散った。
  の体は吹き飛び、壁に叩きつけられる。

「うぐっ……」
「うぉぉぉぉぉ!!」
「……野獣よ。遊びが過ぎるぞ。散るのは貴様だ!!」



「ん………」

  は目を開ける。
  体が重たいし、痛む。頭も何だかふらふらする。

「………?」

  いつのまにか寝台にいた。
  服もかわっている。

「あれ?私……長篠で」

  記憶が曖昧になっているようだ。

「?」

  が混乱していると、部屋に太公望がはいってきた。

「太公望殿……?」
「長い間眠っていた」
「そう、なんですか?」
「……………」

  太公望は寝台に腰掛けた。

「…………」

  は緊張し、視線をそらす。
  いきなりどうしたのか。見舞いなんてありえない。

「傷がついてしまったな」
「!」

  太公望はふとの胸に手をあてる

「いっ……た!」
「当たり前だ。武器が直撃したのだ。肉をそがれなかっただけ、よかった」
「は、はぁ……」

  た、太公望殿いつまで、手当ててるんだろう。

  心臓の音が速くなる。
  太公望が気付いているのは間違いない。

「あ、あの」
「……………」
「た、太公望殿。私は」
「。顔をあげろ」
「は、はい?」

  は顔をあげた。
  太公望はそのまま自然に口づける。

「……………」

  え………。

「んっ……ん!?んー!!」
「……騒がしいな」
「た、たた、た、太公望殿!!な、な!!」
「……知らぬのか?仙人がこうすれば、傷の治りが早いのだ」
「えっ……嘘……」
「嘘だと思うなら、もっと触れ合ってみるか。こんな着物をぬいで」
「…………?」

  は一瞬、意味を考える。そして、意味がわかり、真っ赤になった。

「た、太公望殿ー!怪我人をそんなに刺激しないでください!!」
「ふ……労っているだろう?」
「誰のせいで……」
「……あれは策だ。挑発すればこちらに向かってくる」
「まぁ……それは」
「……お前に傷をつけないようにしていたが、まさか自分で来るとはな……」
「………え?」
「………ゆっくり休んでおけ。傷が明日までに治らなければ、本気で触れ合うぞ」
「………………」

  はぽかーんとしてしまう。
  太公望はそれにもう一度口づけ、でていってしまった。
  次の日、は無理に回復したふりをしているのだった。






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