愛しい貴方のいる場所



 平和になった。
  色々忙しい毎日だ。
  これが平和なのだろうか?


 人々が笑って暮らせる世。
 その中で私は大切なものを見つけた。
  今まで知らなかったわけじゃない。
  ただ、認められなかっただけ。

 三国が共に生きることを表したその次の月、曹丕は一人の娘を送り込んできた。
  送り込んできた。その表現は間違っているかもしれない。

 やってきたのは曹丕の妹である。
  一度、戦場で会ったことのがある。
  妃である甄姫殿の護衛をしていた。

 それはお互いの絆をまもるための道具。
  彼女をこちらへやったのだ。
  殿は誰かに彼女を娶らせるのかもしれない。



「陸遜」
「はい」
「お前も疲れているだろう?ずっと腰を落ち着ける暇がないときいたぞ」
「いえ、私はそれくらいなんともありません」

 働くことで忘れていたいことがある。

「そういえば、お前に色々考えていたのだ」
「?」
「褒美………をな。何も渡していなかった。
お前のおかげで私の望みがなかったというのに」

 殿は苦笑し、視線を落とす。
  何がいいか。まだ悩んでいらっしゃるようだった。

「………私は望むものなどありませんよ。今、この平和が」

 あればいい。それだけでいい。
  誰も死なない。
  危険が少しでも遠い世界。
  それがあれば、あの人が死ぬことがないのだから。

「だが………」
「…………私はいただける物は全て頂きました」

 そう思っていなければ、欲張ってしまう。
  彼女は大切な客人。
  私が触れていいような方でもない。

 彼女を見たのは戦場。
  甄姫殿を助け、剣を振るっていた。
  それが曹丕殿の妹とは知らなかった私は、思いっきり彼女にぶつかった。
  ただそのとき、甄姫殿が叫んだ名前に聞き覚えがあったのだ。
  でもまさか……そんな身分の方が戦場で……護衛をしているなんて思わない。

「あ………!陸遜!」

 その声が聞こえ、私は振り返った。

「様」
「あー、もう様はいいんだ。じゃない。いいのよ」

 はそう言いかえる。
  今まで戦っていたせいか、言葉遣いが男っぽいのだ。

「殿、何かあったのか?」
「孫権様、陸遜も休む時間ではなくて?」
「………確かに、そうだな」

 殿はふと太陽を見た。
  昼を過ぎた太陽は傾き始めている。

「私が陸遜の世話をしますわ。彼が明日もしっかり仕事ができますように」
「だがそなたは客人だ」

 殿もそのことを気にしていた。
  客人。
  彼女は誰のものでもないのだ。居場所がないのと同じ。

「ふふ、いつまでも客人の顔をしているわけもいかない。
だから、そういうことからさせて欲しい。
姉上からも色々と習ってきたの」
「ほう。甄姫殿直々の癒しがあるのか。
それは楽しみだ!第一弾は陸遜、ということか」

 殿はおかしそうに私を見た。

「わ、私はそのような……まだ……この書簡の整理や他の……
補給や他の軍とのやりとりが……」
「そんなことは他にも任せられる!さぁ!行ってこい!」

 殿は私の背中をどんと押す。
  私はつんのめり、ふらついた。
  それが恥ずかしくて、を見られない。

「さぁ、行きましょうか!陸遜」
「は、はい」

 そのまま腕をつかまれ、連れて行かれてしまう。
  行った先は。

「ゆ、湯浴み!?ちょっと待ってください!!
「初めに湯浴みをして、すっきりするんですわ」
「!!そ、そんなことは自分で出来ます」

 は一緒にはいるつもりだったらしい。
  それをきいて止まった。

「じゃあ、早くしてください。湯が冷めてしまいます」
「………………」

 殿も許してくださった。だから、ゆっくりしてもいいんだろうか?
  一緒にいても……。

 期待からか体が緊張していく。
  はきっと私の気持ちなんか知らないんだろう。



 湯から上がると、が待っていた。

「あの、」
「じゃあ、こっちにいらして」
「え?」

 されるがままにしていると、ついた先はの部屋だ。

「流石にここはまずいですよ。未婚の方の……部屋は………」

 戸惑い、を見る。

「あら気にすることないじゃない。ほら!」
「!」

 部屋に入る。
  香の香りがした。彼女の好きな香りなんだろうか。

「ほら、寝て」
「え……あの」
「大丈夫よ。誰も来ない」
「は、い」

 どきどきしながら、寝台に手をつく。
 が隣に座った。

「あの」
「背中むけて横になって」
「!?なっ!?!!ダメです!!そんなことは出来ません!!
私はまだ貴方とそんな……」
「何勘違いしてるんだ。ほら」
「!」

 そのまま倒され、寝台が目の前に来た。
  は私の背中に手を当てる。
  そしてゆっくりと押していく。

「?え?」
「こうして、体の緊張をほぐしていくんだ。
陸遜、硬くなってるぞ?こんなにしてていいのか?」
「………………」

 何だか言い方が………。うん。

「陸遜?」
「………あっ、気持ちがいいです。はい」
「そう?よかった」
「………………」

 彼女なりの労わりが嬉しい。
  期待してしまう。

「もっとゆっくりしろ。他に頼れる相手もいるのだ。
それに……疲れても私がいる」
「?」
「いつだってこうしてやるぞ。だから……もっと頼ればいい」

 伝わる体温。
  それが落ち着く。
  彼女の優しい言葉も何もかも。

 やっぱり彼女が愛しい。
 本当に何でも願えるのなら、私は……彼女を独り占めしたい。




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