欺く人




「私はだ。よろしく、関平」
「よ、よろしく……」

  凛々しいその顔。
  髪を結い上げ、綺麗に整えている。
  軽量の鎧に剣。
  世にいう麗人とはこんなものなのだろうか。と関心した。
  男なのにこの優雅さ。

  生まれや育ちはよく知らない。
  だがは色々なものに精通していたのだ。
  それでいて努力家。
  毎日の鍛練や兵法の勉強をこなしていた。
  まさに武人。

  そんなと関平は何となく気があった。

「すごいな!は!!」
「うん?」
「こんなこともできるのか!!お前は何ができないのかわからないな」

  関平はおかしそうにを見る。
  見ていると本当に何かできないことがあるのだろうか。

「出来ないことだってある」

  は苦笑いした。
  関平は首を傾げる。何が苦手なのか。見ていてもわからない。

「私は人付合いがあまりよくできない」
「?」
「お前とこうしているのも珍しいんだ」

  意外だった。
  柔軟にやっていると思っていたのだ。

「私はあまりいい顔ができないからな」
「そうか?」

  知らなかった。
  だが今思い出せば、前に張飛殿と言い合いになったことを思い出した。
  他愛もないことだったが、が人とぶつかるのは珍しかった。

「お前のように理想に燃え、目標にひたすら走る方がいいのかもしれない」
「?は目標がないのか?」
「………私は……」

  は苦笑した。

「今はないな………」
「そうか」

  はいつも何処か寂しそうだった。

  戦場でもそれは同じ。
  戦いが終わり、いつも寂しそうな顔をしている。

  今回も戦が終わり、安心していた。
  が皆を助け、快勝。
  蜀は荊州を見事とったのだ。
  だが、呉がそれを許してはおかなかった。
  兵を向けたという伝令がやってきたのだった。

「……」
「ん……ああ……関平、どうした?」
「孫権の軍ががこっちに向かっているらしい」
「……………」
「諸葛亮殿が策を考えていると言っていたが……」
「?」
「どうなるか……」
「不安そうだな。ただで取ったわけじゃない。呉も許してはくれないだろう」
「あ、ああ……」

  確かに……。

「………関平」
「?何だ?」
「……危なくなったら、逃げろ」
「え?」

  は関平の腕を掴み、じっと見つめた。
  関平は戸惑う。
  のこんな顔を見たことがなかったし、じっと見られると照れてしまう。

「だ、だが拙者は武人だ。簡単に背をむけられない」
「だから言ってるんだ」
「え………」
「逃げることは悪いことじゃない。平気で……死ぬことが悪い」
「………」

  何かしようとしているのだろうか。
  嫌な予感がした。
  そして呉の軍がやって来た。

「、気をつけてくれ」
「ああ。関平も……」

  の後ろ姿を目で追った。
  また会えるのに、変な不安が過ぎる。

  そしてはじまった戦。
  蜀軍は呉軍をおしていた。
  呉軍の兵がひいていたとき、中央の拠点から火があがった。

「!な、何だ!?」

  動揺する兵。

「あ……ぁ……!」
「関平殿!!」

  あそこにはが!!がいたんだ!!
  まさか敵襲が……!!

  関平は馬を反転させ、拠点へいそいだ。

「!」

  切られた兵が拠点からはい出て来る。

「しっかりしろ!何があった!」
「う……ぐ……ぅ……うらぎ、り……が」
「何だと?」

  関平は拠点の中へはいる。
  燃える拠点の中。

「ーー!!」

  関平はを探す。

「くっ……」

  火のまわりが……。

「……っ!」
「うわぁぁぁ!!」
「!」

  兵がふきとび、転がる。

「!!!」

  兵が飛んで来たほうへ行くと………。

「あ………」

  そこには見たことのない兵がいた。
  長い髪、細い体。後ろ姿から見て、女だろう。

「!」

  だがその剣には見覚えがあった。の剣だ。

「あ……っ!貴様ーー!!!」

  を……!

  その人は振り返ると、関平の後ろに回り込み、剣の柄で背中を叩いた。

「っ!?」
「もっとすばやく動かないければ、敵に勝てない」
「…………」

  この声、まさか。

「?」
「関平、だから逃げろと言ったのに」

  信じられなかった。
  白い着物が血で汚れている。

「男の鎧は重くてな……。肩がこる……」

  は剣をふる。
  血飛沫が地面に飛んだ。

「お前、まさ、か……呉の……」
「劉備は人から奪いすぎる。奪ったもののつけは、払ってもらわねばな」
「何を………」
「我が父より奪った土地だけでは足りぬというのか……」
「!」

  奪った……土地。我が父。

「まさか………」
「私は認められない子だったけれど……。……私にはいい父だった……」
「だが、……」
「さて、そんなことはどうでもいい。荊州は我が殿のものだ」
「!」

 外で声が聞こえる。
  蜀の兵の悲鳴。呉の怒声。入り混じる。

「………くっ!!乱世とは……こんなにも……」
「お前も逃げたほうがいいだろう。呉の兵が来てしまうぞ」
「!!!」
「!」

 関平はの腕を掴む。

「一緒に……一緒にいこう」
「何を言う」
「誰にも言わない。蜀には………拙者には……お前が必要だ!」
「……………それは劉備を殺してもいいということか」
「!」

 冷徹な瞳。
  関平はそのまま手を離す。

「!」
「陸遜殿………」
「っ………!」

 関平は反対側の道から拠点を脱出する。
  他の皆が何処にいるかわからない。一度、安全なところまでいかなければ。

「………………」

 ……。っ……!

 関平の頭の中には彼女のことばかり。
  何処を走り、逃げたのかわからない。

「関平!!!」
「父、上………」
「よく生きていた!!心配していたぞ!!」
「………………」

 安心からか、悔しさからか涙が出てきた。
  安心したその場所にはもうはいない。
  大切な友人だった彼女はもういないのだ。
  次に会うときはきっと戦場だ。

 そのとき、冷静でいられるだろうか。
 大切だと……思っていないだろうか………。







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