貴方が消えたその日から 1 「あー、疲れた」 はふらふらになりながら、寝台に倒れこんだ。 体がだるい。 先程、夷陵戦での会議があったのだ。 長引き、決まった策。 あまり気がのらない戦いだ。 劉備の妻、尚香は呉の出なのだ。 割り切っていたようだが、それを知っていて攻め込む劉備に不信感を覚えてしまう。 「……………」 自分の上官である趙雲も何もいわなかった。 止めるべき人が。 ただ一人、劉備を窘めたのは馬超だ。 馬超の話しは聞いている。 そのつらさを知っているからこそ……。 「……ん……はい……」 誰かがやってきた。 戸を開けると、そこには趙雲が。 「趙雲様」 は頭をさげ、趙雲を招きいれた。 「何でしょう」 疲れた顔をごまかし、趙雲を見る。 「……いや……先程の会議……だが」 「?」 「居心地が悪そうだったな」 「……………」 趙雲は苦笑し、を見下ろした。 ちゃんと彼女を見ていたのだ。 「……私は……」 「確かに、この戦に義はない……。だが……」 「殿のためですよね」 は苦笑し、趙雲を見た。 趙雲は劉備の大義のために戦っている。 それを助けるのがの役目だ。 「………」 「はい」 「相手はどんな策を使うかわからない。だから、何かあればちゃんと……」 「私はいつでも趙雲様のそばにいます。おつかいください」 きっと自分をにがそうと言うのだろう。 「趙雲様?」 「これをお守りとしてつけておくのだ」 「え……」 渡されたのは腕輪だ。 綺麗な飾りのついた金の腕輪。 「そ、そんな私には勿体ないです」 「いや、お前に持っていてほしい」 「趙雲さ、ま?」 「……まぁ……戦が終わった後にしよう。また明日から忙しくなる」 「はい」 趙雲は部屋を出た。 は受けとった腕輪を見る。 「……………」 腕につけ、かざして見る。 綺麗な石が小さな光りに照らされ、きらきらと光る。 「……………」 趙雲様………。 胸があつくなる。 彼は何を言おうとしたのか。 「……………」 明日から、また忙しくなる。 彼女もまた、蜀のために戦わなくてはいけないのだ。 次の日から、趙雲とは用のあるときにしか話せなくなった。 も色々と指示をださなければいけないのだ。 そして戦は始まった。 義兄の仇とあり、張飛の進軍は凄まじかった。 「戦、おしているようですね」 「ああ……。だが……」 「趙雲様?」 「何か気になる」 拠点を制圧し、進軍しようと馬を反転させたとき、いきなり辺りが明るくなった。 「!?」 目がくらむほどの熱。 「なっ!?これは!?」 「火計か!!これを狙っていたのか!!諸葛亮殿の到着は!?」 「まだです!!諸葛亮殿が到着するまで……持ちこたえないと!」 いきなり敵兵がおし返してきた。 火計での動揺や戦意の喪失が酷い。 「っ……!皆、ひるむな!火計で戦いにくいのは奴らも同じだ!」 は構わず剣をふるう。 だがその鼓舞も虚しく。 「張飛殿が討ち取られました!!!」 「な、に?」 伝令は慌て、趙雲に報告する。 「!!殿が危ない!!」 「伝令!!敵軍が船より襲撃を!!」 「!!殿の援護を!!」 「趙雲様!」 「構わん!振り返るな!!殿の元へ!」 「でも……」 は涙声になってしまう。 呉の勢いをおさえるのは難しい。 その場に趙雲だけを残していくなんて。 「………わかりました……」 は馬にのり、振り返らず劉備の元へ急いだ。 「殿ー!!!」 「お、おぉ、か!助かった!」 「拠点へお下がりください!!ここは私が!」 は来る兵を倒していく。 傷つこうと折れない姿はその場の兵を鼓舞した。 そして諸葛亮の到着の知らせがはいった。 「八陣の中へ……?わかりました……。殿、わたしがしんがりに。ですから、早く八陣へ」 「そなた、傷が!」 「構いません。この程度の傷など」 は劉備に馬を譲り、急がせた。 まだ兵は来る。 そしてちらつく趙雲のこと。 苦戦しているだろう。だが自分はここから離れることはできないのだ。 「は……」 は服をさくと、傷に結んだ。 「……………」 この戦、どれだけの良策をだそうと負けてしまうだろう。 は最後に来た、甘寧を撃退すると、八陣の中へ。 「は……はぁ……」 疲労で足元がふらつく。 「様、大丈夫ですか?」 「うん。何か……寝不足かしら。この戦が終わったら、皆でお酒飲んで、おもいっきりねましょう」 は余裕を見せ、進んでいたが。 「た、大変です!八陣内に呉将の陸遜が!破られるのも時間の問題かと」 「……………」 駄目だ。今、劉備も疲れ果てている。 「…………皆、殿の元へいきなさい」 「様?」 「私は陸遜を迎え撃つ」 「お一人で!?」 「ええ。早く!!行って!!」 は報告のあった方角へ急いだ。 覚悟の一戦だ。 そして……。 「ここから先へは通しません」 「………女性一人ですか……」 陸遜はを見た。 傷だらけだ。剣も刃がこぼれている。 激しい戦を切り抜けてきたのは間違いなかった。 「手加減はしません!」 「はぁ!」 は疲れも見せず、剣をふるう。 こんな力がどこからくるのかわからない。 ただ、また趙雲と会えることを信じ、戦う。 「甘いですよ!」 「!」 だが一瞬のすきをつかれ、陸遜はを切った。 鎧が砕け、は吹き飛び地面に転がる。 「う………」 兵たちはとどめをさそうと剣をつきたてようとした。だが。 「やめなさい!」 「ですが………」 「殺戮を繰り返すものではありません」 陸遜はそう諭した。 だがそれは陸遜の油断。 兵をつれ、進もうと背中を向けたとき。 「!」 は陸遜に突進し胴にしがみついた。 「なっ!」 そしてそのまま崖から転げ落ちる。 痛みがわからない。 体がこすれ、固い地面が当たる。 そしてやっと止まった時、もう意識はなかった。 「っ……な、んという……」 陸遜はふらつく。 まさかここまでやるとは。 彼女は気絶してしまったらしい。 首に手をあて、脈をみた。 「……………」 生きているか。 ここまでして食い下がる。そんな兵たちを見て虚しくなる。 陸遜はの身分がわかりそうなものをとる。 鎧、服、剣。 それを全てしげみに捨てたのだった。